確率論はいつからあったのか?

統計

統計の勉強を始めようとした時、まず最初に学ぶのが「確率」です。
しかし「確率」は、「統計学」とは区別されます。以下が「確率」と「統計学」の説明ですが、見ればその違いがわかると思います。

確率・・・データやその結果の裏にある確率論的な過程を取り扱う
     例. サイコロを2個振って、「5」の値がでた。その確率は?
統計学・・・データやそれによる推測を取り扱う
     例.100人の患者さんのデータから薬剤Aは有効であると言えるか?

ところで、「統計学」と区別されるこの「確率」について初めて系統的に書物に記したのは、イタリア人のジェロラモ・カルダーノです。(1560年代、書物名『さいころあそびについて』)

彼は、腸チフスの発見や痛風と発熱性疾患の治療法の確立等でも知られますが、
3つのサイコロが投げた時、投げて出た目の合計が「9」になる確率は、出た目の合計が「10」になる確率よりも低いことを発見したことでも有名です。

・「9」の目になるのは(25通り)
(6.2.1)・・・6通り
(5.3.1)・・・6通り
(4.3.2)・・・6通り
(4.4.1)・・・3通り
(5.2.2)・・・3通り
(3.3.3)・・・1通り

・「10」の目になるのは(27通り)
(6.3.1)・・・6通り
(6.2.2)・・・3通り
(5.4.1)・・・6通り
(5.3.2)・・・6通り
(4.4.2)・・・3通り
(4.3.3)・・・3通り

今となっては、中学生・高校生であれば解けるような問題であっても、当時では「発見」でした。
つまり、カルダーノの時代では、これは「知られざる真実」だったのです。
現代人の多くは、既に「知られざる真実」なんて残っていないと思ってしまっています。
この原因の1つに「グローバリゼーション」があります。つまり、一昔前までは、市場はそれぞぞれの国の中であったが、
グローバリゼーションが進むにつれ、市場は、世界市場のみと見なすようになった為です。
そして、何か「知られざる真実」を発見しようと思った人でも、
『そういったものは、もう既に、世界のどこかで自分なんかよりもっと賢い人が見つけているのでは?』と思ってしまい、探す前から諦めてしまいます。

中には、本当は「知られざる真実」を発見したにも関わらず、
『これは、もう誰かが見つけているはずだ。そしてその誰かが試してみたもののうまく行かなかったのであろう。だから無駄だ。』
と思ってしまう人もいるでしょう。

そう思ってしまうのも無理はないですが、だからと言って、「知られざる真実」はもう現代にはないわけではありません。
直近で言えば、「キャッシュレス決済、Facebook、Youtube、Twitter、TikTok、Uber Eats」であるが、以前の人達はこういったものが流行るなんて思いもしなかっただろうし、考えなかっただろう。
もっと直近で言えば、「在宅勤務」でしょう。『家で仕事なんてできるわけない。』と多くの人が思っていたはずです。
しかし、現在は多くの人が、在宅勤務でも仕事ができることを実感しています。

そう思うと「知られざる真実」はまだまだあります。
三つ星レストランのドレッシングよりも自分が考えたドレッシングの方が美味しいなんてこともあるでしょう。

昔は、未開の地を探す人を「探検家」と呼びました。
ならば、「知られざる真実」を探す人は、現代版の「探検家」と言うべきでしょう。


「誰も知らない真実を見つける。」

なんてロマンのある話なことでしょう。

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